2012年1月9日月曜日

相模岡崎城関係史跡再探訪ドライブ②・・・真田城跡へ


















真田城は義實の嫡男与一に与えた城である。岡崎館から5,6km先の平塚市真田にある。現在城跡に岐阜からやって来たと云う天徳寺があり、真田明神と共に与一を祀っている。
この日はどなたか知らないがご老人が境内の掃除をされていた。その周りでではためいていたのは与一に関係する人々の幟。
 この時、喘息の神であると云う真田明神境内で話題なったのは二つ。
 一つは、喘息発作が出て、討ち返されたのに「何故、喘息を治す神様に祀り上げられたのか?」
 この回答は、「土地の偉人に託した大きな話題に便乗して、後世に名を残そうとしたのではなかろうか?」という説に反論なし。
 二つ目は、案内板の浮世絵(写真)に書いてある、抜刀された刀の位置。一寸見には与一の物にように見えるが与一の刀は鞘におさまっている。血糊で抜けなかったから当然。と云う事で、抜刀されている刀は俣野五郎のものに間違いないとの結論。
 それぞれ、看板横の力石を持ち上げる写真を撮って、次に移動。

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