2012年8月19日日曜日

第10回「大山サマージャズ・ラテンフレンドシップコンサート」に行ってきました

 10時頃から、雨が降って来た。午後の野外で行われる「大山ジャズコンサート」の開催が気になったが「傘をさして観賞」と云う事で、原さんと待ち合わせ、車で行って見る。
 大山第一駐車場についた頃は雨も上がった。地元の方が交通整理されている中、会場へ。途中、会場案内をされている大山参道に食堂を構える「中村屋」さんの若旦那に遭遇。ご挨拶。
 14時、秦野総合高校の吹奏楽部の演奏から始まったが空は晴、炎天となってしまった。ハンカチを頭に載せ、約2時間頑張ると4時過ぎには急に涼しくなった。
 演奏は過去2回聴いているが同じバンドが参加している。皆素晴らしい。
 特に、今回初出演の「キューバ リブレ ラボ」と「ジャズアンサンブル阿夫利」が良かった。
 ゲストで歌ってくれたマンハッタンで活躍するジャズボカリスト「チャリートさん」の歌は迫力満点。歌いかけるムードとは一味違う、元気になる歌を届けて下さった。
 メンバーの中には、仲良くさせていただいている「豆よし馬渡店」の店主の息子さんご夫婦もおられる筈だが良く分からなかった。定期演奏会では頑張っておられたが・・・。
 特別出演の「ザビッグバンド オブ ローグス」はいつもながら、素敵。音が良い。

http://www.ustream.tv/recorded/24791486


 ゲストで来られたキューバ生まれのトランペッター「ルイス・パジェさん」の音は凄かった。夕空に高く、なめらかに響きあがるその音は誰をも感動させたようだ。パジェさんは15年ほど前から日本で活動していると云う。日本語も上手で、愛想も良く、好感が持てた。
 来年は最後の方だけ聴きに行こうかな等と、老人の暑さ対策を考えて帰宅した。
伊勢原  Big Mountain Jazz Orchestra

目黒宮司の挨拶

ジャズアンサンブル 阿夫利

歌うチャリートさん

トランペット演奏 ルイスパジェさん

大山新道の燈篭
帰宅途中、「灯篭まつり」の様子も撮影してきたのでUPした。http://www.ustream.tv/recorded/24791486

2012年8月7日火曜日

今年も「親子まが玉作り」(大田公民館主催)のお手伝いに・・・

始めの挨拶。7名のアドバイザーが紹介を受けました。
  夏休みが始まって間もないですが例年開催されている大田公民館(伊勢原市下谷)主催の「夏休み親子まが玉作り」のお手伝いに行ってきました。
 大田公民館では毎年、恒例になっている事業で、指導は伊勢原市教育委員会文化財課の職員が行い、補助指導員として、いせはら歴史解説アドバイザーが当たっています。
 ブロガ―はこの事業に3年前から、補助要員として参加してきました。
 参加者は小学生が多く、補助要員としてのご指導やお手伝いをする場面が多く、まが玉が出来上がった時の嬉しそうな表情を見るのが嬉しくて、今年も出かけました。
 参加者は毎年多くなり、今年は40人を越えていました。
 アドバイザー7名が各テーブルに分かれて、補助し、11時半頃、教育委員会の伊勢原市の出土品などの話も加わり、終了しました。
 来年も開催されたら、是非、またお伺いしたい。
 掲載の写真は公民館で担当された福田氏から頂きました。

2012年8月1日水曜日

念願の「大山道一の鳥居・四ッ谷の道標」撮影

7月27日(金)、柏尾道不動坂の道標御不動尊祭礼に行く序に、四ッ谷の一の鳥居と道標を見て行こうと云う事で、車で出かける。
実際の鳥居の位置と私の認識との違いで、混雑の国道を行ったり来たり、大分時間がかかったが近くのコンビニに車を止める事ができた。
大山道道標不動尊のパワーポイントの詰めに必要だったので、もっと早く来たかった。
鳥居と道標の場所が国道沿いであった事が、私の認識と食い違い、確かめて良かったと胸をなでおろす。なんだか、ホッとした感じだ。
祠を頂いた道標の横に、真新しい石柱がある。これが、2月に大山に移設された道標と分るまでは時間がかからなかった。
 (2012/2/11「大山道新道に四ッ谷の大山道道標が移設」の記事参照。)
http://www.blogger.com/blogger.g?blogID=7772138261115382047#editor/target=post;postID=1525703622877537998




これで、近在の大山道道標写真は、ほぼ網羅された。できれば、小田原、前川の道標をもう一度撮影したいが・・・・。

大山参詣・柏尾道・不動坂道標・追分御不動尊祭禮に出席

横浜市戸塚区柏尾町にある追分御不動尊は大山道・柏尾道の交通安全祈願を兼ねた道標として建立されたようです。周囲には様々な石塔がありますが近代になってから集合させたようです。
平成元年横浜市の史跡に指定され、以来、地域で後世に伝えようと、7月27日に祭礼を行う様になったようです。(チラシ参照)
普段は祠の中に鎮座しているが祭礼の日を、年一度の御開帳日にしたようです。
伊勢原市の大山道研究者の間では話題の道標で、例年、大山道の研究者宮崎武雄氏がご招待をうけて、出席していましたが今年は都合で出席できない。そこで、代参となった西部周子氏から同道を誘われ、かつての通勤路だったので、予てから尋ねてみたかった藤沢、四ッ谷の道標も撮影しよぷと云う事で、車で行く事になった。
当日は金曜日であったので3時頃出発すれば大丈夫だろうと思っていたが月末。茅ヶ崎駅から渋滞となり、進まない。戸塚駅でも迷い道。しかし、6時前には不動坂に到着。
不動尊の祠前の道路は幹線の脇道なので車のとおりも少ない。道路半分を使って、テント3基ばかり並べ、地域の方々、老若男女一体となった祭礼が始まったばかりでした。丁度、坊さんが読経を終わったばかりの所でした。
ここに集められた石塔の中に、「千葉・松戸」と書かれた燈篭があった。聞けば、松戸の大山講の方々の建立とか。千葉からは舟で神奈川の港から上陸し、柏尾道をとおり大山に向かったと云う。また、平塚の須賀港からの上陸もあったと云う。

 この事に関し、西部周子氏より、次のようなご指導を頂きました。
<房総半島は大きいので富津あたりの人たちは浦賀が近いのです。最先端の房州の者は、これはもう、平塚、須賀湊を目指して来てくれました。船に誰か一人残って、番人を勤めなければならないのですが、残された若者は不満で、勝手に船を係留して皆の後を追う例が絶えず、取締りの文書が残っているそうです。誰が船で留守番なんかするでしょうか。行きたいにきまっています。守れない法律は法律のほうが間違っているのでしょう。>
 
大山の写真を集めた時、鈴木良明氏(現鎌倉国宝館館長)から、「千葉にも大山講があったのだから、千葉や相模湾からの眺望写真もあったら良いね!」とご教授を賜った話が、この燈篭と結びついて、千葉の大山講の実態がようやく認識できた。



帰路は、退職後、十数年、新道もできて、大いに変化した通勤道を、また迷いながら伊勢原に辿りついた。やはり、横浜には車で行くべきでは無かったと反省した。