2014年7月28日月曜日

報告:「裏千家助教授・上原美奈子氏御一行様」と「ISEHARA・おもてなし隊」の交流会:於:古民家山口家


事の始まりは、裏千家 助教授上原美奈子さんがHPISEHARA・おもてなし隊の連絡帳」にアクセスし、拙稿「権田直助に関する調査報告書」を読んだことにあった。

上原さんの経緯説明

上原氏は日本茶インストラクターでもあり、清川村に茶畑も栽培するお茶のオーソリティーでもあられるようで、茶葉粗揉機を発明し、茶業界に大きな貢献をした、埼玉県出身の高林謙三が、少年の頃、同じ埼玉県毛呂山町の医師、権田直助に入門していた医師であることを知り、高林が茶業に貢献する契機となったのは医学的な見地からではないだろうかと言う推測されたらしい。

何が始まるのかなあ・・?

そこで、著作者にメールし、上記の事を質問した。受信者のsaiseigoは、丁度「ISEHARA・おもてなし隊」が「毛呂山町・越生町ツアー」の実施日が近かったので、高林の出生地、日高市に近い、知り合いの毛呂山町の歴史民俗資料館の学芸員や郷土史家に、その事を尋ねることにした。

その結果、高林は西洋医学や古医道も学び、故郷、狭山市に帰り、医業を始めたが、茶業に励む住民の苦労をしり、粗揉機の発明に尽力したらしい。特に、医業との関係は無かったと言う結論に達した。

煎茶作法の説明(優しい良い声です。

しかし、このメール交換の縁を深めたいと、山口家で、両方の関係者が集まり、話題に囚われない交流会を実施することになった。上原氏が山口家で、お茶摘みのイベントに参加していたこともあって、山口家のご当主の了解も得られ、お座敷をお借りし、最後はご当主のお出ましも頂き、延長一時間にも及ぶ、貴重な経験話の交換会となった。

 

松鈴庵のご主人の権田直助のお話

この日は、15名の方々のご出席を頂き、私事、斉藤と上原さんはとても感謝しています。上原さんのお仲間には、大山・松鈴庵のご主人や本場の中国まで出かけて、茶の研究をされている方など多彩で、そのお話には感動しました。特に、最近弟子入りされた方が山梨から参加されたのには一際大きな感動を呼びました。また、今年二人目の通称「歴女さん」にお会いできたのは嬉しい話でした。一人目は、毛呂山町の薬剤師さん。大山に興味を持って、何度も伊勢原に来られています。今日は「宮坂さん」というプランナー?をされている言動活発な女性。末が楽しみです。

 「おもてなし隊」方は10名ご出席いただき、嬉しく思いました。特に、上原さんの茶畑と同じ、清川村「窯」を構えられている佐藤誠四郎氏がお弟子さんを連れてご参加いただいたのには、びっくりしました。お弟子さんはまだ若く、「茶器製作に新たな境地を発見したい。」とご挨拶されていましたがこの交流会が清川村でさらに深まることを願っています。

床の間の掛け軸は「権田直助.」の書

 さらに、いつもの原さん・笠原さんには感謝です。さらに「歌好き我ら」の庄司さん・秋田さん・杉山さんには頭が上がりません。書の達者な杉山さんにはこれからやろうとしている「大山山影写真展」で大いに活躍していただこうと思っています。

 また、伊勢原混声合唱団に所属するお茶の先生にもお出席いただき、感謝しています。

内容は詳しくご報告できませんが交流会の写真を掲載します。

最後に、ご当主・山口匡一さんにもご出席いただきました。

なお、上原さんのフェイスブックとブログURLは次のとおりです。

 

ブログ:お茶の葉の声に耳を澄ませて http://blog.goo.ne.jp/camellia4387

 

フェイスブック

https://www.facebook.com/minako.uehara.94












2014年7月23日水曜日

いせはらサポセン利用登録団体懇談会に初参加          ワークショップでサポセン活性化の課題討論

 平成26年7月23日(水)午後2時からの、標記「いせはら市民活動サポートセンター利用登録団体懇談会」のご案内を頂き、初参加させていただいた。

ワークショップのまとめ

 利用登録をさせて頂いたのは2年前。今年は、打ち合わせの部屋や名札、プロジェクターなど、今まで活動上困っていた課題を、すべて解決してくれたので、大いに助かった。

 出来れば、「サポセンフェスタ」にも参加させて頂こうと思って参加させて頂いた。

班を代表して報告

 お集まりになっていた方々は、皆、市民活動を代表させる方々で、「ISEHARA・おもてなし隊」の活動など、霞んでしまいそうであった。特に「ワークショップ( 参加者が自主的活動方式で行う講習会)」では、宮崎武雄氏や飯島是光氏と同じグループの「伊勢原を元気にする市民活動の在り方」班に入り、大いに有意義であった。

 「サポセンフェスタ」の実行委員会にも参加させていただくことにして、会場を出た。

 「サポセンフェスタ」では「ISEHARA・おもてなし隊」の趣旨や活動内容と並べて、「講演会」や「文化財ウォーク」など、過去の活動をまとめた、パワーポイントを見ていただこうとおもっています。



 




2014年7月21日月曜日

江戸初期の大山道遺構発見                伊勢原・上粕谷・石倉中遺跡見学会に参加


かながわ考古学財団が昨年9月から発掘調査をしている標記遺跡見学会が平成26(2014)年719日(土)行われ、小雨の中を150人位の方々が集まった。

この見学会を知ったのは「風人社」のネットマガジンで、「風人社」は出版している大山道関係の地図にも関係していると「財団」から連絡を受け、事前に説明を受けていた。そんなことで、読者にも見学会への参加を勧めていた。私も関係者に情報提供したので、当日、4、5人の知り合いに会う事が出来た。

雨が降っていたが比較的広い範囲の遺構だったので、問題なく、内容を理解できた。

その内容を箇条書きにしてみます。

①遺構全体の様子(見学会パンフ表紙より)

 

②航空写真(S36年度版)から様子を探る(会場掲示板写真より)

③遺構の解説図(パンフより)

④大山道遺構(当日写真)

⑤読売新聞記事(20日)朝刊

②航空写真☛上大山。市街地の手前の道路の左側に
遺構に沿ったような地形がみられる。









  ③遺跡の解説図(パンフより)
⑥読売記事
④大山道遺構(当日写真)

 

①遺構全体の様子(パンフ表紙)

見学の様子
⑦出土品(江戸期の陶器)
遺構のすぐ側は県道。バス停は石倉橋に近い。


2014年7月16日水曜日

障がいを持つお子さんを子育て中のお母さんへ         読売新聞「特集記事」を読んで              困ったら「SSC」へ ☎ 0463―91―4770         

 障害持つお子さんの保育についての読売新聞特集記事を読んで、再び「SSC(スモールステップクラブ)」の紹介をしたくなりました。
 「SSC」の考え方は、「どんな課題もスモールステップを踏みながら登っていけば、そこに障害という概念を持ち込まなくてもいい、と言うユニバーサルデザインの考え方が根底にあります。人を障害で見ない。人生は今が全て、という哲学です。」と、主宰者の飯田女史が語られています。
 最近の話題は小学校5年生の「性への目覚め」でした。この時期、きちんと対応しないと成長してから、「犯罪」に関わるような事件に成りかねません。会員が事例を出し合って、指導の方法を探ります。具体的な内容は控えますが忌憚のない意見が出るので、大いに参考になっているようです。
 困って、一人で頭を抱え込むより、標記の電話番号に電話してください。
 留守電でも大丈夫です。
 神奈川県内ならどこでもOKです。

2014年7月14日月曜日

情報感謝!!! 福島復興支援!!             スパリゾートを応援しよう!!                常磐音楽舞踏学院50周年記念講演の記事紹介

 

 標記の件、平成25年、スパリゾートハワイアンズ・クレストヒルゴルフ倶楽部で開催された「歴アドゴルフ大会5周年記念コンペ」でお世話になりました葛貫氏より、次のような情報を頂きましたので、お知らせいたします。

 

皆様へ

 7/9、東京フォーラムにて 常磐音楽舞踊学院50周年記念公演が行われました。撮影禁止のため マイ写真 はありませんが友人から届きました 福島民報 の記事をご覧ください。

葛貫






 福島も、徐々に復活しつつありますが原発の件がまだまだ、課題として残されています。スパのあるいわき市も、スパリゾートを中心にして復活に頑張っているようです。東日本震災の復活応援は、すでに、金銭面の援助よりも、精神的な援助の時代に入りました。スパリゾートを訪ねて下さることが一番の復興支援と葛貫さんは言われております。

 「歌好き我ら」や「歴アドコンペ」も再度訪問して、ダンサーの方々とおしゃべりしたいものです。

2014年7月13日日曜日

情報提供感謝!!!③「お太刀洗い」の神事                    埼玉県川越市「連雀町 町廻り編」

 標記の件、毛呂山町の町田氏より、次のとおり、「連雀町 町廻り編」の情報を頂きましたので、お知らせします。

 
斉藤さんへ
連雀町のお太刀洗い 町廻り編です。
今回は歴史的な背景は有りませんのでサラッと見て頂けたらと思います。

http://blogs.yahoo.co.jp/urayamagakenchi/11675294.html

町田美雄

 

2014年7月7日月曜日

情報提供感謝!!!②「お太刀洗い」の神事                   埼玉県川越市連雀町、「本阿弥稲荷神社」

 標記の件、毛呂山町の町田氏より、次のとおり、情報提供を頂きましたので、お知らせします。


  斉藤勢吾様

川越3件目の「お太刀洗い」を撮ってきましたのでご報告いたします。

何時もの通り写真の枚数多いですがご了承してください。

今回は過去2件と違って町廻りが有りますので、神事編と町廻り編の二部構成としました。

講元様、自治会長様のブログアップ同意済みです。

                                    毛呂山町  町田美雄




 

http://blogs.yahoo.co.jp/urayamagakenchi/11661410.html

お太刀洗い 連雀町 神事編

 


六軒町・連雀町は7月1日を大山山開きとしている。

川越市連雀町、六班によって毎年大山開きの七月一日に行われていたが子供が参加することや、出席する方の都合により七月の第一日曜日に「お太刀洗い」を行っている。大山講の祭りであり、旧地名の西連雀町にちなみ「西連講」と呼ばれている。「西連講」は江戸の末期天保六年三月氏子代表が相州大住郡坂本村に詣り、大山阿夫利神社を勧請し当地に合祀し雨降り太刀を奉納し現在の「西連講」の前身である大山講を結成した。御神体は石剣である納め太刀を受け、御太刀の制、初山及び盆山の終わりを実施し天下泰平を祈願する。戦後一時期中断していたが昭和五十三年七月有志により再開された。祭りは宮司の祝詞の奏上で始まり、三m以上ある御太刀を聖水で洗い清め子供達を始め老若男女が一体になり「ワッショイ、ワッショイ」と声をはりあげ御太刀を担いで各家を廻り、悪疫清掃、家運長久、商売繁盛を願い、お札、御幣を授ける。二年に一度春の大山阿夫利神社の祭礼に「西連講」一同は御礼祈願を実施している。最近では、「西連講」も人が少なくなり連雀町全体の講としたが大山阿夫利神社にはしばらく行ってないとの事。御札は熊野神社から頂いてるとの事

 
 
 

 

「ISEHARA・おもてなし隊」からのコメント

 

いつも、情報ありがとうございます。

他県や他市町村で、大山の神事が大切に守られている実情を教えていただく度に、我が町のことが心配になってきます。

 伊勢原市では、大山信仰の地元だからであろうか、様々な民間の神事が生活になじんでいる所為か、止めようとか、無くなってしまうとかいう不安には襲われないようです。

 しかし、外から入ってきた住民には、小さな神事から、だんだん無くなっていく様子が見えてくるのです。皆、無くなってしまうのではないかと心配しています。

 私たちも、7月の定例会で、この件を話し合い、「町内会の大山灯籠行事」を調査し、文化財として残したいと活動を始めることにしました。

 手始めに、私達の古文書解読の師匠でもあり、伊勢原の文化財審議委員でもある鈴木良明氏(鎌倉国宝館館長)を訪ね、見解や今後の取り組み方などについて、お話を伺うことになりました。

 御地の状況など、また、お知らせいただければ、幸甚です。



 

 

 

 



 


2014年7月4日金曜日

祝!城所・浄心寺・写経会10年目! 東堂 98才!                     ご住職のお説教は、大好きな「良寛さん」の書


平塚市城所にある浄心寺では、檀家さんの為、毎月「朝粥会・座禅会・写経会」等を催している。「写経会」は今月は4日で、ご住職さんから標記の話があった。

「良寛和尚像」安田靫彦・昭和32年
良寛記念館所蔵

私が写経会に入れて頂いたのは8年前であろうか。次兄の菩提寺になってからで、お納め申し上げた写経は340枚目となった。目標は1100枚だから、死ぬまで続けても満願とはならない。老後、やることが無くならないようにと設定した目標だから、当たり前である。

東堂は98才になられたとの事。おめでたい。東堂は「書」の名手で、本堂の襖の殆どに「書」が認めてある。惚れ惚れするような「書」である。いつもその「書」を眺めては心を癒している。

この日の、ご住職のご説教は、般若心経にある文言、「無罣礙」と良寛さんの書。新潟生まれのご住職さんは、同じ新潟生まれの良寛さんが大好きのようである。私も、今年は、良寛さんが12年間修行した岡山県の「円通寺」を訪ねるつもりなので、耳を傍たててお聞きしている。岡山には「良寛研究」で名の知られた学友、柴口成浩君が矢掛町「大通寺」のご住職なので、解説とご案内を頂けるので今から楽しみにしています。

浄心寺のご住職は、最近も新潟を訪れ、良寛さんの庵だった海岸近くから、佐渡を眺め、心を癒してきたとおっしゃっていました。



 左の良寛さんの写経の一部

 

「無罣礙故無有恐怖(む けいげい こ むう くうふ)

心に囚われるものが無い故、何も恐怖を感じることもない)」

◆上記の文言は、良寛さんの心を写したものであろうか?

 「解説書では次のように語っています。」

 良寛は花盗人に間違えられて村人にとらえられ、棒で叩かれたりしても無抵抗でした。また、穴の中に埋められて、危うく命をおとしそうになっても、いっさい、言い訳したり、許しを乞うたりしませんでした。

良寛は修行によって心のさわりがなくなり、恐怖心さえもたなかったのです。


 

2014年7月3日木曜日

情報提供感謝!!!② 「富士講」の件                       高尾山、富士山、大山の順廻参詣のコース判明。      

5月11日大山登山時に遭遇した高尾山講中の皆さん

標記の件、東京世田谷の小野さんより、次のとおり、情報提供を頂きましたので、お知らせします





斉藤様

以前、富士講が、高尾山、富士山、大山の順に廻ったことをお話ししたと思いますが、

そのルートが分かりましたので、高尾山講の締めくくりをする意味で送信しました。

富士吉田までのルートは、山岳小説の第一人者である新田次郎の小説から拾いました。

今回の調査で、新田次郎の小説が正確な史実に基づいて書かれている実感を持ちました。

すごい小説家です。

後半ルートは、絶版本が、最近手に入りましたので、その中のものを記載しました。

 

小野克己

 


江戸町民の富士講・参拝修行
高尾山富士山の前立ち大山が後立ち信仰)
 
参詣ルート
 
 ~【高尾山】~駒木野☆~小仏峠~犬目☆(宿泊)~大月~<富士山道>~谷村☆~富士吉田
~【富士山】~須走~御殿場~足柄峠~<矢倉沢往還>~矢倉沢関所~関本~松田~波多野
(秦野)~<大山道>~蓑毛~【大山】
(参考文献)
  ○新田次郎著『六合目の仇討』新潮社 昭和51年(新田次郎全集第19巻)
○有賀密夫著『大山門前町の研究-門前町の形成と御師の活動と檀家圏-4大山への参詣道』
雄山閣 平成4年(民衆宗教史叢書第22巻)∥富士吉田から後のルートについて∥
 
(注釈)
高尾駒木野 旧甲州街道沿い、現・小仏関所跡があるところ。
   小仏関所は、江戸時代、甲州道中でもっとも堅固と言われた関所である。
   天正年間(1573から92)に北条氏照が武蔵国と相模国境の要衝として小仏峠の頂上に築いたのがはじまりと言われ、その後麓に下ろされ、更に北条氏滅亡後(1590年)関東に入った徳川家康によって、現在地に移設され整備されたといわれている。
犬目 山梨県上野原市、旧甲州街道の宿場町の一つ。上野原宿から野田尻宿を経て西へ犬目峠を越えると犬目宿に至る。江戸から富士講信者がこの道をたどった。
谷村(やむら) 谷村は山梨県東部(都留市)の中央部に位置する。狭隘な平野部に位置し、標高は490メートル付近。谷村には、近世に確立する甲州街道から分岐し吉田地方(富士吉田市)へ至る富士道が南北に通る交通の要所にあたる。
(26.7.2)

情報提供感謝!!!① 「お太刀洗い」の神事                   埼玉県川越市六軒町「六冢福寿稲荷神社」

 標記の件、毛呂山町の町田氏より、次のとおり、情報提供を頂きましたので、お知らせします。

 

 

 斉藤勢吾 様

 


 

お世話になります。

 

川越市六軒町の「お太刀洗い」の儀式 を撮ってきましたので、見てください。

 

自治会長の鈴木様 管理者の奥富様にはブログアップの件はご了承得ていますが、今週の日曜日にも、連雀町の「お太刀洗い」が有りますので今回は、ご報告のみとして頂いて結構です。

 

よろしく お願いいたします。

 

http://blogs.yahoo.co.jp/urayamagakenchi/11641879.html

 

(上記URLを、クリックして下さい。)

 

武州長瀬 町田美雄

  

「ISEHARA・おもてなし隊のコメント」

 

 情報、ありがとうございます。
 神奈川では、「伊勢原を第4の国際観光都市に・・・」と条例を作って取り組んでいますが、人を呼び込むだけのイベント案が多い。

 しかし、江戸期、大山が参詣で賑わったのは御師達の「配札活動」があったからで、そこを忘れているような気がする。「開導記」によれば、職を失った結果、己の死活問題になったとは言え、山を降りた修験者(御師)たちの情宣活動には、物凄い執念を感ずる。

 現在の大山観光の衰退の原因は、宿坊「おおすみ山荘」の先導師、佐藤大住さんの講義によれば、「自分たち、戦後時代の若者の、<配札活動>の手抜きが大きい。」と反省されていた。しかし、それだけではないと思われます。流通経済の変化に十分対応しきれなかったということもあろう。

 今回、大山や道灌まつりに関係する越生・毛呂山町訪問ツアーを実施しての感じたことは、「大山を訪問するだけが中心であった関八州の講中や関係機関に、大きなインパクトを与え、<また、大山で会いましょう!><わが街はこんな町です。訪問に感謝します!>というコメントが多く、新たな交流場面が起こりそうな気配が十分感じられた。

 そんなことで、神奈川・伊勢原・大山に今、必要なのは、人を呼ぶイベントも重要ではあるが、僅かに残されている伝統文化にも気を配り、相手方に出かける<出張方交流>も大切な要素になる事を改めて感じた。

 伊勢原市でも、アメリカのラミラダ市訪問や、諏訪神社訪問など実施しているが、もっと、小さな市民感覚での訪問活動をバックアップするような施策が望まれます。

 伊勢原市民も、これからは、こう云う神事が残っている地域を訪れ、交流を深めれば、かつてのような賑わいを取り戻せるかもしれない。

 それには、先ず、まだ、伊勢原市に残っている大山灯籠や左義長などの行事を、もっと深く理解し、保護してゆく観点も望まれます

 

 この度の、私たち「ISEHARA・おもてなし隊」の毛呂山町・越生町訪問ツアーが「何らかの起爆剤になれば・・・」と思っている。


  

2014年7月2日水曜日

ご提供、感謝!!!  「大山眺望写真」           伊勢原市高森「永窪公園」からダイヤモンド大山

 ご提供主は、最近「大山写真」でお世話になり始めた酒井氏。

 公園にある、あかね台、永窪公園にある、伊勢原で唯一の「クルリンちゃんベンチ」も、伊勢原市民にはうれしい話ですね。

 最近の、この方の、「大山眺望写真」提供のお蔭で、「ISEHARA・おもてなし隊」は初心に戻ることができた。

 「ISEHARA・おもてなし隊」も活動し始めてから、来年で5周年となる。最初の活動は、講座修了レポート用に集めた、ロータリークラブでの「大山眺望写真」の紹介卓話会。最近は「相模岡崎城探索ウォーク」まで手掛けて、立派な郷土史紹介者に成長し、関8州に仲間も知人も一杯できた。

 しかし、会員は誰でもよいと言う訳ではない。だから会員は増えないが中身は濃くなっているよ。

 

 そこで、来年度は、「大山眺望写真展」を計画し、記念のイベントを考えている。公的機関は相手にしてくれないから、「スポンサー」も探さねば・・・・・。

 ぜひ、酒井氏にも隊員になって頂き、「写真展」の助言などを頂きたい。


ダイヤモンド大山

クルリンベンチ

報告:辻堂新町町内コルフコンペに参加           ドライバー・5W・7W 炸裂                      自信喪失から完全復活の手ごたえ

 梅雨の晴れ間の最高のゴルフ日和となった標記コンペ。 故友人との縁で、現在も仲間に入れていただいている。

 今回は、小山町の東富士CC。アップダウンの大きく、400ヤードを超すホールが多い、戦略性に富む、難コースである。



10番のスタートホール第1組

6月の早朝ゴルフで、手ごたえを感じていたが今日は、ドライバーが絶好調。前進マークを超す、250ヤードに近い飛距離が何発もヒット。ここ2年間、不調にあえぎ、ゴルフを止めたいと思った日々が嘘のよう。しかし、スコアが90をきれなかったのは、スリーパットの所為。

 パットはその日の気分任せ。かつての最高スコア、84を目指し、今後も精進するぞ!

 この日復活した方がもう一人。件の故友人の奥方。1年程前の「すべり症」のOpeしたと聞いていたので、もうゴルフはダメかと思っていたら、とんでもない。元気に、明るく、奇跡の復活。

video 

 

彼女は77歳にはなっている筈だ。「すべり症」のOpeで、背骨を関節を3か所固定したという。漸く、今回、ゴルフ好きの担当医の許可が出て、参戦。飛距離も、パットもOpe前とは変わらない。「すべり症」で歩行不可になった方の話も聞いていたので、びっくり、この上なし。若い頃、卓球の国体選手だったと言うだけあって、プレー根性もすごい。

 キャディーさんは20歳前後の若い女子であったので不安であったが距離勘と言い、グリーンの読みと言い、パーフェクト。彼女のアドバイスで、スコアが3つは

上がっている。

 とにかく、レースカーの練習爆音と自衛隊の大砲訓練音は気にはなったが、そんなものはバックグラウンドサウンド。楽しい一日であった。

<動画は前チャンピオンのドライバースイング>